ミクジログ

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【漫画の名言】「泥なんて何だい!」『うしおととら』19巻

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うしおととら(19) (少年サンデーコミックス)

寝ぐせのなおらないミクジンです。

この記事は、漫画の名言から考えさせられたことを書き殴るシリーズです。

今回は藤田和日郎さんの漫画『うしおととら』19巻からの名言です。

 

 

泥なんて何だい!

この巻で真由子(まゆこ)は妖怪に質問をされます。

「満足する死とは何だ?」

 

引用:藤田和日郎『うしおととら』19巻

 

「答えられなければ脳みそを喰う」と言う妖怪に真由子が答えました。

 

「泥なんて…何だい、よ!」

 

引用:藤田和日郎『うしおととら』19巻

 

この真由子のセリフは、子供の頃に潮(うしお)に言われた言葉からきています。

真由子は子供の頃のある日、お母さんにねだって買ってもらったお気に入りの帽子をかぶって近所の通称『ヘビ沼』の近くを通りました。

ところがそこで帽子が風に吹かれて飛ばされ、沼に生えている背の高い草の上に乗ってしまいます。

帽子を取りたいけど、沼に入ったら泥だらけになってしまう…。

どうしていいか分からない真由子は泣きそうになります。

そこに潮(うしお)が現れ、無言でズブズブ沼の中に入って、体中泥まみれになりながら帽子を取ってきてくれたのでした。 

 

真由子「ド、ドロだらけになっちゃった…わ…私…」

 

潮「大事なんだろそれ…?」

 

真由子「う…ん」

 

潮「なら…泥なんて何だい!」

 

引用:藤田和日郎『うしおととら』19巻

 

潮はその時、人さまの結婚式用に新しくおろした服を着ていたので親父にこっぴどく叱られたのでした。

 

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死とは絶望や恐怖

満足する死とは何だ?

難しい質問ですよねこれ…。

正直自分が死ぬって分かった時は、たぶん絶望や恐怖しかないと思います。病気でも事故でも、死にたくて死ぬわけじゃない。

まだまだ生きてやりたいこともあるのに、それができなくなることへの絶望。残された者への心配。ガマンして生きてきたのに、それが無駄だったと知ったことへの絶望など。

自分がこれまでやってきたことが突然の死という出来事ひとつで全部泡のように消えてしまうのは、絶望でしかないと思います。

『もう終わり』だと受け入れるのは難しい。

 

自殺の場合もそう。

この世にいるよりはなんぼかマシだと思うから自殺するわけで、満足して死ぬわけじゃありません。絶望したから死を選ぶ。

オレも自殺を考えたことがありますが、やはりそれは絶望してしまったからです。

でも実際に死を身近に感じた時はただただ怖かった。自分で死を選ぶのは、いくら絶望していても簡単にはできないことを知りました。

それだけ死ぬのは恐ろしい。

 

満足する死とは?

じゃあ満足しそうな死に方ってなんだろう?

そう考えた時に思うのは単純に、

自分が死ぬことよりも大切なことをできた時

なんじゃないかなと思います。

 

例えばおじいちゃんやおばあちゃんなら、子供や孫がちゃんと幸せな家庭を作っているのを見届けた時とか。

車に轢かれそうになった自分の子供を、自分の身体を盾にして守った時とか。

自分が黙って死刑になることで救われる、大切な仲間がいる時とか。

独り身でも、自分がこれまで生きてきて、やりたかったことをすべてやりきったと思えた時は満足できるのかもしれません。

 

満足する死。

実際には好んで死にたいわけじゃないし、死ぬために行動しているわけでもない。

でもそれを忘れてしまうくらい大切なものがあって、ちゃんとやりきったと思えた時には、たとえ自分が死ぬって分かっても満足できるんじゃないのかなと思います。

 

ああ、ちくしょう自分は死ぬのか...でもやってよかったなぁ。

そんな感じで。

 

「泥なんて何だい!」

 

引用:藤田和日郎『うしおととら』19巻

 

潮(うしお)はそう言いました。

きっと潮にとっては、大事な服が泥まみれになるよりも、真由子の帽子を取ってあげることの方が大切なことだったんじゃないかな。

だから真由子は、妖怪の「満足する死とは何だ?」に対してその時の言葉を言ったんじゃないでしょうか。

人はいつかは死にます。どーせそのうちいつか死ぬんなら、満足して死にたいものですね。

マッファッファッ。