ミクジログ

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映画『岳ーガクー』感想。「また、山においでよ」生きるってことは半分半分なんだ【Amazonプライムビデオ】

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岳 ?ガク?

寝ぐせのなおらないミクジンです。

『岳ーガクー』

Amazonプライムビデオで、石塚真一さんの漫画『岳』を原作とした映画を観ました。

観た時は漫画が原作ということも知らずに、何の前情報もなくただ、

「最近山登りに興味あるんだよね...あ、山登りの映画だ!題名は...タケ?おもしろそうだなぁ、観てみよ」

という軽い気持ちのうえに題名の読みをおもっきし間違えたまま観たのですが...。

観終わる頃にはキャッチコピーの「生きる」の意味をいろいろと考えさせられる、とてもいい映画でした。

そんなわけで、自分なりに観て思ったことをいつものように勝手気ままにズラズラっと書きなぐってみたいと思います。

ちなみにネタバレも少しだけ含まれますが、物語についてはほとんど触れていません。

 

 

映画『岳ーガクー』

youtu.be

2011年5月7日公開。

本編約125分。

原作:石塚真一

監督:片山修

主なキャスト

島崎三歩:小栗旬

椎名久美:長澤まさみ

野田正人:佐々木蔵之介

阿久津敏夫:石田卓也

座間洋平:矢柴俊博

簡単なあらすじ

山を知り尽くした山岳救助ボランティアの島崎三歩が暮らす山に、新人救助隊員の椎名久美がやってくる。久美は三歩の指導の下、着実に成長していくが、自身の未熟さや厳しい自然の猛威により遭難者の命を救うことができない日々が続く。そんな折、猛吹雪の雪山で多重遭難事故が発生し……。

引用:映画.com - 映画のことなら映画.com

 

「よくがんばった」

主人公は小栗旬が演じる『島崎三歩(しまざきさんぽ)』という人物なのですが、この人、普段から山中にテントなどで寝泊まりしているという尋常でねえ山バカな人物。

山岳救助ボランティアとして遭難者の救助などを行なっているのですが、彼が遭難者にかける言葉がすごく印象に残りました。

 

なんとか助かった遭難者でも、「遅いよ」と文句を言うような遭難者でも、たとえ遺体となった遭難者に対しても彼は言います。

「よくがんばった」と。

 

しっかりした装備と知識を身に付けてたのに、仕方なく遭難してしまった者に対して言うなら分かるのですが...。

ピクニック気分で山に登ったあげく、助けたのに文句を言うような人にまでなぜこんなことを言うんだろう。

最初は不思議でした。

 

でも物語が進んでいろんな遭難者を見て、三歩の過去などを知った時に少しだけ分かったような気がしました。

 

山に登る人々はそれぞれがいろんな気持ちを持って登るんだろうけど、たぶんほとんどの人は遭難してケガをしたり、誰かに迷惑をかけたいがために登るわけじゃないと思います。

 

楽しいからとか、うまい空気が吸いたいからとか、いい景色が見たいからとか...。

それぞれがいろんなものを得たくて登る。

 

でもやっぱり自然の中では何が起こるか分からなくて、時には迷ったりケガをしたり、人に迷惑をかけたり...命を落としたりもする。

望んだわけじゃないのに。

 

たぶんそれは山に登ることだけじゃなくて、「生きる」ことについても同じことが言えるんじゃないかなと思いました。

 

きっとみんないろんなことを抱えて生きてると思うけど、きっとほとんどの人は楽しく笑って生きていきたいんだと思います。

でも時には迷ったり悩んだり、傷ついたり、突然の事故や病気で命を落としてしまうこともあります。

望んだわけじゃないのに。

 

そしてわけが分からなくなって、理不尽に怒ったり文句を言ったりもします。

迷惑をかけてしまってから、自分のいたらないところに気付くことだってある。

 

それでもやっぱり楽しく笑って生きたいから、何があってもみんな歯を食いしばってがんばって生きている。

それだけはみんな同じなんじゃないのかな。

 

だから三歩は誰に対しても、

「よくがんばった」

って言うのかなと思いました。

 

遭難したくて山に来たわけじゃないんだ。

本当はみんな山を楽しみたいだけなんだよ。

うまく言えないけど、三歩にはそんな気持ちがあったのかなと思いました。

 

「また、山においでよ」

この映画には、もうひとつ印象的だった三歩の言葉がありました。

「また、山においでよ」

救助した遭難者に三歩が言ったセリフです。

 

この言葉がなぜかすごく好きで、でもその意味がよく分からずにいろいろ考えました。

山で命を落としかけた人に対して、笑顔でそう言うのはなぜなんだろう。

もしかしたらまた遭難するかもしれないのに、今度こそ命を落とすかもしれないのに。

そして山が怖くなってもう来たくない可能性だってあるのに。

 

でも不思議とあたたかい気持ちになる三歩の言葉の意味を考えてみると、やっぱり「生きる」ことそのものを言っているような気がしました。

 

危なく命を落としかけて他人に迷惑までかけたから、もうやめた方がいいな。

一度遭難したらそんなふうに考えそうだし、また行こうとしたら周りからなんだかんだといろいろ言われそうですが...。

 

でも三歩はこうも言います。

「悲しいことが起きるのが山の半分。楽しいことがあるのも山の半分。ふたつ合わさって山なんだよ。生きるのも死ぬのも半分半分。でも、どっちを多くするかは自分で決めることだよ」

 

山登りも、生きることだって、きっと楽しいことばかりでも悲しいことばかりでもないはずなんですよね。

どっちだってある。

みんなそれをどこかで分かっているし、だからこそ楽しい方を多くしようとがんばる。

 

だけど悲しい方の野郎のインパクトが絶大すぎて、これまであった楽しい方が霞んでしまう時があります。

そしていつのまにか、その絶大な悲しい方に飲まれ、山自体が、生きること自体が怖くなったりする。

まるで楽しかったことや嬉しかったことが、なかったことみたいになる。

 

だけど分からなくなっているだけで、本当はやっぱり楽しいこともあるはずなんです。

それを思い出すためには三歩の言うように、怖くても何もないような気がしても、また行ってみなきゃ。

行かなきゃ何も思い出せず、すべてが悲しい方だけで埋まってしまいます。

 

だから三歩は笑顔で言うのかなと思います。

「また、山においでよ」と。

 

また歩いてみたら違う景色が見えるかもしれないし、見えなかったものや知らなかったものが見つけられるかもしれない。

そして前よりキレイなもの、大事なものができるかもしれない。

 

山が悪いんじゃないんだよ、生きていることが悪いんじゃないんだよ。

悲しいことも楽しいことも、どっちもあるのが当たり前なんだ。

だから楽しいことを思い出すために、気が向いたらまたおいでよ。

 

そう言われている気がして、この言葉がすごく好きになりました。

「また行ってもいいんだなぁ」と。

落ちてる時にこの言葉をかけられたら、どれだけ救われるだろう。

 

最後に

映画の感想を書くはずが、またしても演じた人たちなんかのことはそっちのけで「生きる」ことについて考え出す自分にびびりました。

だけどこの映画は、それだけいろいろ考えさせられるような良い作品でした。

 

優しい言葉をかける三歩だけど、過去には悲しいことがありました。

痛みを知っている三歩だからこそみんなに優しくできるし、みんなにはなるべく悲しいことになってほしくないと思うのかな。

そして山が大好きだから、山のことを嫌いにならないでほしいのかな。

漫画の方も読んでみたいなぁ。

この映画はAmazonプライムでも観れます

原作の漫画